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福岡地方裁判所 昭和44年(ワ)1653号 判決 1971年12月14日

原告

中村睦子

外二名

代理人

林健一郎

外九名

被告

右代表者

植木庚子郎

代理人

原口酉男

外五名

主文

一、被告は、原告中村睦子に対し、金四四一万一、七四六円、同中村国重、同中村敬子に対し、それぞれ金五〇〇万五、三一七円、および右各金員に対する昭和四三年二月八日から支払ずみまでいずれも年五分の割合による金員を支払え。

二、原告らのその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの、その余を被告の負担とする。

四、この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、原告らがそれぞれ金五〇万円ずつの担保を供するときは当該原告において仮に執行することができる。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告ら

(一)  被告は、原告中村睦子に対し、金一、一七二万八、二五〇円、同中村国重、同中村敬子に対し、それぞれ金九六九万三、〇一四円、およびこれらに対する昭和四三年二月八日から支払ずみまでいずれも年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

(三)  仮執行宣言

二、被告

(一)  原告らの請求をいずれも棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

(三)  担保を条件とする仮執行免脱の宣言

第二、当事者双方の主張

一、請求原因

(一)  原告中村睦子は、原告中村国重、同中村敬子夫婦の子であり、被告国は、福岡市堅粕一、二七六番地所在の公の営造物である国立九州大学医学部付属病院整形外科病棟を所有し、同大学にこれを管理させているものである。

(二)  事故の発生

原告中村睦子は、訴外財団法人恵愛団に勤務し、同団が請負つていた前記九州大学医学部付属病院の入院患者に対する給食業務を担当していたが、昭和四三年二月八日、同病院整形外科病棟での昼食の引膳のため、同病棟二階エレベータに乗ろうとしたところ、右エレベベータの扉が開いたにもかかわらず、乗るべき搬器(以下籠と略称)がきていなかつたため、その昇降路から地下一階まで約一〇メートル墜落し、左前頭、頭頂、側頭骨開放性陥没骨折、穿通性脳挫創、頭蓋底骨折、左脛骨骨折の傷害を負い、以後精神機能、運動機能をほとんど喪失し、ベッド臥床の生活を続けている。

(三)  責任原因と責任の帰属

1 前記事故(以下「本件事故」という)はつぎのとおり本件エレベータの設置および管理の瑕疵によつて発生したものである。

(1) 本件エレベータは、被告国が設置、管理する公の営造物たる前記整形外科病棟の一構成部分であるが、右エレベータは外扉を急激に閉めた場合完全に施錠されないうちにその反動で外扉が若干開くことがあり、その場合扉が開いているのに内部の籠が動くこと、又完全に扉を閉め切らない場合でも、その開いている巾が約四センチメートル以内であると内部の籠が動くという欠陥があつたから、右エレベータの設置それ自体に瑕疵がある。

(2) 右付属病院整形外科病棟の給食業務には元来、配膳用リフトが用いられていたが、右リフトが故障して、補修工事にまわされていたため、本件事故発生当時は、本件エレベータが右リフトに代用されていた。そして、右エレベータには前記の如き欠陥がみられたのに、病院によつて何ら安全のための措置は講ぜられず、本件事故の直後に至つて初めて、右エレベータの籠内上部両側に四〇ワットの螢光灯二燈が取り付けられ、又、エレベータ昇降路には各階ともその入口左上に縦約四〇センチメートル、横約五〇センチメートルの白塗り木板に黒ペンキで、「係員の許可を得ずにエレベータの使用はお断り致します。扉が開いてもエレベータが有ることを確かめて乗つて下さい」と書いた注意書が下げられ、又外扉上にはB四版の白紙に『注意「カゴ」を確かめて乗つて下さい』と書き、特に「カゴ」は赤インクで書いた注意書が貼り付けられた。又籠の位置を示す指示器(インヂケーター)は、事故当時廊下に螢光灯の設置がなく明瞭に見ることはできなかつた。又外扉を開いたときに、籠がきていない場合でもそのことをはつきり知らせる「あぶない」というような注意書や照明灯はエレベータ昇降路内には設けられていなかつた。

なお、原告睦子は右エレベータの使用について管理者から何ら注意を受けたこともなかつた。以上の事実から右エレベータの管理には瑕疵がある。

2 従つて、被告は原告らに対し、国家賠償法第二条により原告らのこうむつた損害を賠償すべき責任がある。

(四)  損害

1 原告睦子の損害

(1) 逸失利益金

六七二万八、二五〇円

睦子は、本件事故前の昭和四二年一一月から同四三年一月までの給与として、総額金七万二、七五二円を支給されていたから、その平均給与は一ケ月金二万一、五〇七円である。

そして、睦子の職種は給食係であり、かつ当然予想される収入の増加が考えられるので、平均的にみれば、その余命期間全部を稼働年数とみるのが相当であり、睦子の余命年数は、事故当時一七才であつたから、第一〇回生命表によれば55.05であるので、ホフマン式計算によれば、逸失利益の現在額は金六七二万八、二五〇円である。

(2) 慰藉料金 五〇〇万円

睦子は、いまだ一七才の若さで本件墜落事故に遭いその結果脳底骨折等の傷害を受けて意識不明となり、病院で手術を受けたが、知覚中枢、運動中枢をほとんど欠損し、立居振舞はもちろん思考も、発語もできない状態となつてベッドでの臥床生活を余儀なくされている。しかもその症状は将来回復する見込なく、せつかくこの世に生を享けながら成年にも達しないうちに、このような悲惨な事故に遭い、これから死ぬまでその人間としての生涯の大部分を、あまりにも非人間的な病床生活で終らなければならない原告の苦痛は堪え難いものがあり、これを慰藉するためには少くとも五〇〇万円を下つてはならない。

2 原告国重、同敬子の損害

(1) 看護費用

各金四六九万三、〇一四円

原告睦子は、前記のとおりの病状で、終生付添看護を必要とするところその費用としては一ケ月金三万円を要する。そしてその余命年数は55.05であるから、ホフマン式により計算するとその現価額は金九三八万六、〇二八円である。この費用は睦子の扶養義務者である同人の父国重、同母敬子が共同負担するから、右国重、敬子の損害は、それぞれ金四六九万三、〇一四円である。

(2) 慰藉料 各金三〇〇万円

睦子は本件事故による傷害によつて前記のとおり肉体的、精神的機能をほとんど喪失し、今後いわば生ける屍として一生臥床生活を余儀なくされているのであつて、右傷害が原告国重、同敬子に与えた精神的苦痛は睦子が死亡したことによるそれにも匹敵するものである。よつて、国重および敬子の精神的苦痛を慰藉するためには、それぞれ金三〇〇万円が相当である。

(3) 弁護士費用各金二〇〇万円

原告らは、本件事故について国(病院当局)との間に治療費、休業補償等について交渉してきたが、国は睦子の過失をあげつらい誠意のない態度に終始してきたため、弁護士である原告らの代理人に本件訴訟を委任した。その費用は請求金額の一割五分の範囲内の四〇〇万円であり、それを睦子の扶養義務者である原告国重、同敬子が各金二〇〇万円あて負担するので、右金額相当の損害をこうむつた。

(五)  結論

よつて、原告らは被告に対し、前記各損害の賠償およびこれに対する不法行為の日である昭和四三年二月八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

請求原因(一)、(二)の各事実は認める。(三)の(1)の事実中、本件エレベータが被告の設置管理する公の営造物の一構成部分であること、および、右エレベータには原告主張の如く、扉の開閉と籠の上下との同調安全装置に不完全性があることは認めるが、右エレベータの設置に瑕疵があるという点は否認する。(三)の(2)の事実中、配膳用リフトが故障したため、本件エレベータが給食業務のため代用されていたことは認めるが、その余の事実は否認する。(四)の事実は争う。

三、被告の主張

(一)  本件エレベータには設置又は管理の瑕疵はなかつた。

1 本件エレベータは、昭和一一年に設置されたが、当初から原告主張の如く、扉の開閉と籠の上下との同調安全装置に不完全性があり、病院としては、右の不完全性を除去するためいろいろと修理や保守をしたが、これを除去することができなかつたため、右の如き構造上の性格を帯びたエレベータであるとして取扱つてきた。このように右の不完全性は現在の通常期待される技術水準によつても除去しえないのであるから、いわば不可抗力による不完全性であり、被告に責任はない。

2 前記付属病院では、本件エレベータにみられる右の如き構造上の性格を十分考えて、本件事故当時、次のような使用上の規制や注意、および定期的な保守、点検を行い、もつて事故発生防止のため万全の策を講じてきた。即ち、

(1) 使用上の規制

本件エレベータの使用目的は、重症患者や手術患者の搬送および物品の輸送に限定され、使用者も原則として、右エレベータの設置されていた整形外科の職員とし、しかも使用に際しては看護婦長又は病棟看護婦に申出て、エレベータの外扉の鍵を借りることが必要とされ、他科の職員等で職務上右エレベータを使用する必要があるときは、事前に整形外科の医局長又は看護婦長に申し出て、その許可を得ることが必要とされていた。そして元来整形外科病棟の給食業務のためには、そのために設けられていた配膳用リフトを使用することが要請され、事実そのように運用されていたのであるが、事故当時右リフトが故障していたため、その修理中、やむなく右エレベータを給食業務のために使用することを許可していた。

(2) 使用上の注意および安全措置

原告らは、本件エレベータ籠内の螢光灯、昇降路入口にかかげられた白塗り木板に黒ペンキで書かれた注意書の掲示板、および外扉上の貼り紙は本件事故後に設置されたと主張するけれども、それは事実に反するものであり、これらはいずれも事故以前から設けられていた。とくに右掲示板は事故の十数年前から設けられていたものである。そして、右各標示と籠の位置を示す指示器(インヂケーター)とは事故以前からエレベータ昇降路入口廊下に取り付けられていた四〇ワットの螢光灯によつて明瞭にみることができ、更には事故以前から外扉が開いても籠がきていない場合にそなえて昇降路内のコンクリート壁に白地に赤ペンキで「あぶない」と大きく書き、かつ照明灯でこれを照らして誰でも直ちに気がつくようにしていた。また、これに加えて整形外科看護婦長は、エレベータの使用者に対し常々、扉をよく閉めることおよび扉が開いても籠の有無をよく確認するよう注意していたし、原告睦子に対しても、右付属病院業務課給食掛長から整形外科のエレベータを使用するときは気をつけるよう注意を与えてあつた。

(3) 保守点検

本件エレベータは、右病院業務課機関掛の技術職員が毎月定期的に一回ないし二回注油や各部の保守点検、軽微な修理等を行なつており、右職員でできない修理や全面的な保守については、適当な時期に専門業者に行なわせていた。

3 以上のように、本件エレベータの設置および管理については、保安上万全の策がとられていたのであるから、本件の如き事故は通常起り得ないのであつて、事故当時、本件エレベータは通常備えるべき安全性に欠けるところはなく、従つて、その設置・管理に瑕疵はなかつた。

(二)  本件エレベータには設置・管理の瑕疵はなかつたのであるから、本件事故は専ら睦子の自己過失によるものである。即ち、睦子は本件事故前、前記のように病院業務課給食掛長から本件エレベータの使用に当つては気をつけるよう注意を受けていたし、又事故に遭う前、少くとも数回本件エレベータを自ら運転するなどしてこれを利用していたのであるから、その使用に際しては籠の有無を注意し、確認すべきことを熟知していた。それなのに本件事故に際しては、同僚の労を省くため、二階のエレベータ籠を一階へ降ろすため二階まで行き籠に乗ろうとしたが、視力が0.1ないし0.2の強度の近視であるのに眼鏡をかけず、かつ前記注意書を確かめず大急ぎでいきなり籠がきていないエレベータの昇降路に飛び込んだため本件事故に至つたものとしか考えられない。よつて本件事故は全く睦子の一方的過失によるものである。

(三)  抗弁

1 過失相殺

仮りに、本件エレベータの設置又は管理に瑕疵があるとしても、睦子には前記(二)記載のとおり重大な過失があるので損害の算定について斟酌されるべきである。

2 損害の填補

睦子は、前記訴外恵愛団から本件事故発生以来昭和四六年八月分まで給与の支払いを受けている。

3 睦子の入院中は被告側において完全看護をしていたのであるから、原告としては更に付添を付する必要がなかつた。

4 慰藉料の算定にあたつては、被告側が原告らに対し、既に訴外恵愛団から見舞金、雑用品、食糧費等計金一九一万一、七二〇円を支払つていること、昭和四六年二月七日までの医療費は被告より全額いわゆる学療費等によつて賄なわれ、原告側の支出はなされていない事情は大いに参酌されるべきである。

四  被告の抗弁に対する認否

1の事実は争い、2の事実は認め、3の事実は否認し、4の事実中、被告主張の金員の支払を受け、かつ医療費が賄なわれたことは認めるが、その余は争う。

第三、<証拠省略>

理由

第一、原告中村睦子が、原告中村国重、同中村敬子夫婦の子であること、本件エレベータは被告が設置・管理している公の営造物たる国立九州大学医学部付属病院整形外科病棟の一構成部分であること、本件事故当時給食業務のための配膳用リフトが故障していたためその代りに本件エレベータが使用されていたこと、原告主張のような経緯で本件事故が発生したことについては、いずれも当事者間に争いがない。

第二、責任原因について

そこで、本件エレベータの設置・管理に瑕疵があつたか否かについて検討する。

一、本件エレベータの構造について

本件エレベータには原告の主張する如く扉の開閉と籠の上下との同調安全装置に欠陥ないし不完全性があつたことは当事者間に争いがない。ところで被告は右欠陥ないし不完全性は現在における通常期待される技術水準をもつてしても除去しえないものであるから、いわば不可抗力の欠陥ないし許された危険であると主張し、<証拠略>証言中には、昭和一一年ころ作られた手動開扉式のエレベータは、本件エレベータに限らず、他のエレベータにも共通して前記の如き欠陥を免れないものであつて修理することができない旨の右主張に添う供述部分がある。しかし他方、本件エレベータには外扉を強く閉めると時として一たん閉じたかにみえた扉が反動で再び開くという現象が生ずることは当事者間に争がないところ、同証言中にはかような現象は外扉を閉じるための器械装置のスプリングに適当な強度のものを使えば防ぐことができるし、又かなり大がかりな修理となるが右器械装置を新たに作り出してとりかえることが可能であり、そうすれば本件エレベータの欠陥は全て解消する旨の供述部分もあり、結局本件エレベータに存する不完全性ないし欠陥は被告の主張する現在の通常の技術水準をもつてしては全く除去不可能であることを認めるに足る証拠はない。又、<証拠>によれば、国立九州大学医学部付属病院による本件エレベータの保守点検は定期的になされていたが前記欠陥は何ら除去されていないことが認められ、右認定に反する証拠はない。

二、本件エレベータの用途および利用状況について

<証拠>によれば、本件エレベータの使用目的は、原則として入院患者の運搬及び大きな荷物の輸送に限られ一般人には解放されていなかつたこと、そしてエレベータを使用する者も整形外科の看護職員に限られ、しかもその外扉は鍵がないと開かない方式になつていたので、看護長又は夜勤の責任看護婦が右鍵を管理するとともに、部下に鍵を貸し与えて使用するに際しては鍵の保管並に外扉の開閉の際の操作につき、注意を与えていたし、例外的に整形外科病棟の職員以外の者が本件エレベータを使用する場合には予め整形外科部長、医局長、又は看護婦長に申し出て鍵の貸与を受ける建前であつたし、これらの者は鍵の貸与に際し本件エレベータの欠陥についても十分注意を与えたうえ使用させていたことが認められる反面、本件エレベータには、前記の欠陥があつたため外扉が閉じていない場合には鍵を用いないでも外扉を開くことができたので整形外科病棟職員以外の者でも、右のような手続をとらずまた使用上の注意を受けることもなく、鍵を用いないまゝで本件エレベータを使用することがありえたこと、又原告睦子ら給食担当者は配膳用リフトが故障していたため本件エレベータの使用を許可されたのに、何ら具体的にその使用上の注意を受けておらず、睦子に対しても右欠陥の具体的状況を知らない給食係長の石蔵豊治から単に「整形外科のエレベータを使うときは注意して乗れ」という程度の抽象的な注意しか与えられていなかつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。<証拠排斥略>。

三、本件エレベータの保守・管理状況

(一)  <証拠>を綜合すれば、本件事故当時現実に点燈されていたか否かは別として(イ)本件エレベータの籠の中には四〇ワットの螢光灯が二本、(ロ)エレベータ昇降路前の天井には四〇ワットの白熱灯、(ハ)廊下には二〇ワットの螢光灯、(ニ)エレベータ昇降路内の壁に二〇ワットの螢光灯がそれぞれ設置されていたこと、更に、少くとも本件エレベータ二階昇降路入口の左上には昭和三二年に発生した同種墜落事故以来、縦四〇センチメートル、横五〇センチメートルの白塗の木板に黒ペンキで「係員の許可を得ずにエレベータの使用はお断り致します。扉が開いてもエレベータが有ることを確かめて乗つて下さい」と書いた掲示板が下げられ、又外扉が開いても籠がこない場合の事故防止の目的で前面昇降路の壁に白地に赤ペンキで「あぶない」と大きく書かれていたこと、エレベータの現在位置を示すインヂケーターは正常に作用していたことがそれぞれ認められ、<証拠排斥略>なお、B四版の白紙に『注意「カゴ」を確かめて乗つて下さい』と書き、特に「カゴ」という文字が赤インクで書かれた注意書が事故当時本件エレベータの外扉上に貼られていたと断定するに足りる確かな証拠はない。

(二)  そこで、本件事故当時における事故現場の照明状況について検討するのに、<証拠>によれば、前記照明設備の(イ)エレベータの籠の中の螢光灯は二四時間つけぱなしてあつた旨、<証拠>によれば、同(ニ)昇降路内の照明灯も常時点灯されていた旨の各供述部分があるが、<証拠>に照らし少くとも<(イ)の証拠>は直ちに信用し難いところである。そして<証拠>によると、前記照明設備(ロ)はその都度点滅スイッチにより点燈する仕組になつていたし、また同(ハ)は通常昼間は点燈されていなかつたことが肯認される。また、<証拠>によれば、本件事故が発生した整形外科エレベータの二階昇降路入口附近は当日同所に赴いた人達の感じではかなり暗かつたということであり、殊に当時、陽光のさしてくる方角(エレベータに向つて右側)には高さ1.7メートルないし2メートル、巾三メートル、奥行二メートル位の長持様のものが置かれていて採光が十分でなく、そのため他所からエレベータ前にきてもすぐにはエレベータの設備があるらしい程度のことしか分らず、目が暗さになれて初めて付近の事物をはつきり見分けることができるという状態にあつたので、事故防止のための前記注意の表示も必ずしも明瞭に認識し得る状況に在つたともいえなかつた。

以上認定の各事実を綜合すると事故当時、本件エレベータ昇降路内の壁の二〇ワットの螢光灯は点灯されていたとしても、他の前記照明設備が点灯されていたか否かは明確でなく、むしろ点灯されていなかつたのではないかという疑が濃厚であつて要するに照明状況は十分でなかつたものというに妨げない。なお<証拠略>各証言中には、暗い日でも電灯を要しないで本件エレベータの注意の掲示板等を容易に認識しうる旨の供述部分があるが、それは陽光のさしてくる方向に、前記認定の如き長持様のものが置かれていない場合についてのことであるから、採用の限りではない。

四、ところで、およそ公の営造物については当該営造物の構造、用途、利用状況等諸般の事情を綜合考慮したうえで、具体的に通常予想されうる危険の発生を防止するに足りると認められる程度の設備を備えることを必要とし、これを欠く場合には、その営造物の設置または管理に瑕疵があるというべきである。

五、これを本件についてみると、前記に説示判断したとおり本件エレベータに存する前示構造上の欠陥の除去、解消もあながち不可能ということはできないのであるから、そのような欠陥を有すること自体、特に安全性を要求されるエレベータにおいては決定的に重大な設置上の瑕疵というべきであり、たとえ、本件エレベータの利用目的および使用者がかなり限定されていたとはいえ、瑕疵ありというを妨げない。ことに、原告睦子ら給食係員に対しその業務のため一時的にもせよこれを利用することを正式に許可していたのであるから、なおさら、右の如き欠陥を有していたのではいつ、本件の如き事故が発生するかもしれないことは十分予想されたのであり、本件エレベータの設置自体に瑕疵があるというべきである。そして、前段認定によると本件エレベータを管理する国立九州大学は、右の如き欠陥を認めながら、不可能でもないのに、その欠陥を除去することなく放置し、一応は右欠陥に因る事故防止のため前記に認定した各種の注意標示を設けたり、照明設備を設けたが、現実には照明灯が十分点灯されておらず右注意標示が必ずしも十分にその効果を挙げ得ない状況にあり、かつ原告睦子に対しても何ら、使用上の具体的注意を直接、間接に行なつた形跡がなかつたというのであるから、まさに本件エレベータには管理上の瑕疵があるというべきである。

六、そして本件事故と前記設置および管理の瑕疵との間には相当因果関係があることはすでに説示したところによつて明らかである。なお、被告は、本件事故の発生はひとえに原告睦子の一方的過失にあると主張するが、すでに本件エレベータの設置および管理に瑕疵があり、右瑕疵と事故との間に因果関係が認められた以上、右主張は理由がないことは明らかである。

七、そうすれば、被告は国家賠償法第二条により本件事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。

第三、過失相殺について

前記認定のとおり、本件事故現場である整形外科本館二階エレベータには、その設置上および管理上の瑕疵があつたが、少くとも本件エレベータ乗降口左上には白塗木板でできた注意の掲示板が、エレベータ昇降路である前面の壁には「あぶない」と書かれた注意書があつたこと、又インヂケーターも正常に作動していたこと、なお<証拠>によれば、事件当時インヂケーターの針は三階を指していたことが認められ、右認定に反する証拠はない。それに、エレベータ付近は点灯その他に因る照明状況に不十分な点があつたとはいえ、目をならせば十分事物を見分けることができたこと、又睦子は上司から抽象的ながら一応本件エレベータには注意して乗るよう注意を受けていたこと、更には、<証拠>によれば、睦子は、事故前本件エレベータを数回自ら運転したことがあり、事故当日も午前中に何回か運転していることがそれぞれ認められるのであつて、右認定に反する証拠はない。従つてこれらの事情を綜合すれば、被害者たる原告睦子が本件エレベータにつき、まずインヂケーターを調べ、あるいは外扉が開いても、内部を確認すれば本件事故は十分防げた筈のものである。しかるに、<証拠>を綜合すると、原告睦子は、当時、給食後の引膳業務におもむいた際に、同僚の便宜のため、二階にあると思われたエレベータの籠を一階まで降ろそうとして、わざわざ二階まで行つたのであるが、急いでいたため付近の暗さに目をならすことなく又、自己の視力が0.3ないし0.6の弱さであり、眼鏡も所持していたのに、これを使用しない儘本件エレベータに乗ろうとしたことも手伝つて前記注意書などの注意標示に気づかず、いきなり外扉に手をかけたところ、外扉が開いたので軽卒にも中の籠がきたものと思い込み、いきなり中に飛び込んだために本件事故を生じたものと推認され、右認定に反する証拠はない。

してみると、原告睦子にも本件事故につき重大な過失があるものというべく、本件事故による損害額の算定についてこれを斟酌すべきことは当然のことといわなければならない。そして睦子の本件事故に対する過失割合は、本件エレベータの設置および管理の瑕疵の程度を考慮すれば、四〇%であると考えるのが相当である。

第四、損害

一、原告睦子の損害

(一)  逸失利益

<証拠>によれば、睦子は中学校の科程を終えた後昭和四二年夏頃から訴外財団法人恵愛団に勤務し、同年の一一月分として金一万九、一四八円(各種控除金を差し引き手取額金一万八、一四三円)、一二月分として金二万一、三六六円(同じく金二万〇、三四七円)、同四三年一月分として金二万一、九四二円(同じく金二万〇、九一六円)、に賞与一回金一万〇、二九六円(同じく金一万〇、二二六円)の給与の支給を受けていたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

ところで、右の資料から年間の給与額を推認する場合、本件賞与は年末賞与であるとみられるところ、<証拠>によると、前記恵愛団の理事長は国立九州大学付属病院の事務部長が兼任するなど両者は密接な関係にあつたことが認められるので、このような賞与は常識上少くとも年二回は認められているものと考えるべきである。又右給与といつても名目額と手取額とがあるが、<証拠>によれば、名目額から控除されている諸項目は失業保険金の掛金など労働している以上当然に控除されるものばかりであつて、それらの金額は一応給与額に含まれるといつても実際には睦子の支配には属さないものというべきであるから、右差引支給額(手取額)によつて、一ケ月の給与額を計算するのを相当とする。そうすると一ケ月の給与額は平均して、

となる、してみれば睦子の平均給与はほぼ原告の主張に近い一ケ月金二万一、五〇六円ということになる。

次に、<証拠>によれば原告中村睦子は、事故当時昭和二七年二月一五日生の一五才であり、一五才の女性の平均余命は厚生省第一二回生命表によれば59.71であることが認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで原告は、睦子の稼働年数について、睦子の職種が給食係であつたこと、将来右職種について当然収入の増加が予想されることからいつて平均的にみれば、平均余命の全期間にわたり現在の収益を得るものとみなすべき旨主張するが、女子労働者を含むわが国労働者に対する定年制(慣行のものを含む)の運用状況からみても原告睦子が平均余命の全期間現在の給与額を受け続けるものとみなすことはできず、睦子の稼働年数はその職種からいつて、六三才までの四八年間であるとみるべきを相当とする。

よつて、右の基準に立つて睦子の喪失利益をホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除し、本件事故当時の現価額を求めると、

(21,506×12)×24.1 263,7265

=622・6,341円(円未満切捨)

となり、睦子は本件事故により、右金額相当の得べかりし利益を喪失し、損害をこうむつたことになる。

ところで、睦子は、訴外恵愛団から、本件事故発生以来昭和四六年八月に至るまでの給与相当分を受け取つていることは当事者間に争いなく、その金額は、<証拠>によれば、事故後昭和四六年六月分までは、金一三三万〇、四一八円であることが認められるので、これに昭和四六年七・八月分の給与相当分

2万1,506×2=4万3,012円

を加えた金額137万3,430円は前記損害額から差し引かれるべきであるからこれを差し引くと

622万6,341円−137万3,430円

=485万2911円

となり、右金額が原告睦子の損害額となる。

更に、本件事故は前記認定のとおり、四〇パーセントの割合で過失相殺されるべきであるから、終局的な喪失利益というべきものは、

485万2,911円×0.6=291万1,746円

(円未満切捨)

である。

(二)  原告睦子の慰藉料

<証拠>によれば、原告睦子は本件事故当時年令一五才で、若さと健康に恵まれ、将来調理士になることを夢見て一生懸命働いていた者であるところ、はからずも本件事故に遭遇して原告ら主張の傷害を受け(この点は当事者間に争いがない)事故以来昭和四五年一一月一一日まで国立九州大学付属病院脳神経外科に入院加療し、受傷後より現在に至るまで自発言語なく、高度の精神機能は消失、右側の片麻痺のために臥床生活が続き、自力での体動も不能で、その精神的、肉体的機能のほとんどを喪失して生ける屍となり果て、飲食、用便、その他生活のすべてにつき両親の看護によつてようやく生きているという状態であり、しかも、受傷後既に三年半以上を経過しても右症状に変化なくその症状は将来も回復の見込とてないことが認められ、右認定に反する証拠はない。このように本来楽しかるべき青春時代から一瞬にしてかくも悲惨な状況に陥つたまゝ今後の長い人生を送らざるを得ない原告睦子の苦しみは想像に絶するものがある。

しかし、他面睦子には前記認定の如き過失が認められ、又<証拠>によれば事故後も給与、見舞金等を前記恵愛団から受けていることが認められ、右認定に反する証拠はないことなど諸般の事情を斟酌すれば、睦子の精神的苦痛に対する慰藉料は金一五〇万円をもつて相当とする。

二、原告国重、同敬子の各損害

(一)  看護費用

原告睦子は前記認定のとおり、事故以来その余命期間の全部をいわば生ける屍としての生活を送らなければならず、前段認定の症状によつて、終生、他の看護が必要なことは明らかである。そして<証拠>によれば、睦子は自ら体を動かすことができないので二時間おきに体の向きを変えてやつたり、排便の手当や始末をしてやらなければならないこと又、自力で食事をとれないので、特別の流動食を作り長時間かけて食べさせてやらなければならないことなど格段に手をかけなければならない状態にあること並に右看護につき、原告睦子の入院中はもとより退院後も、両親である原告国重、同敬子が交代でこれにあたつていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。してみれば、右の如き看護をするに必要な費用は、<証拠>に、福岡県看護婦、家政婦の看護料が昭和四四年九月一日現在一、三七五円以上と定められていることを参考にして考えれば、少くとも一日金一、〇〇〇円とみるのが相当である。従つて一ケ月につき金三万円を相当と認める。よつて、平均余命59.71年間の右看護費用をホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除した事故時の現価額として算出すると

(30,000×12)×2.10479244

=975万7,725円(円未満切捨)

となる。

ところで、被告は、右看護費用につき原告睦子が事故後入院した期間は完全看護が付せられていたからその間の付添は必要なかつたと主張するので検討するに、<証拠>によれば原告睦子は本件事故のあつた昭和四三年二月八日に入院して以来、同年九月一杯まで病院の完全看護を受けていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

してみると、右八ケ月分の看護費用相当額金二四万円は右九七五万七、七二五円から差し引かれるべきであるから、結局本件看護費用は差引き金九五一万七、七二五円となる。

ところで右看護費用は、睦子のためのものであるから、睦子の過失を考慮に入れるのが衡平の理念に合致するところ、その過失割合は前記のとおり四〇パーセントであるから、右金額から四〇パーセントを減ずると、

915万7,725×0.4=380・7,090円

となるから、差引き金五七一万〇、六三五円が本件看護費用として最終的に認められるべきものである。そして、右看護費用は原告睦子の扶養義務者であり、かつ、同原告の看護に交代して当つている原告国重、同敬子が共同して負担あるいは、これに対し平等に支払わるべきものであることを認められるから、右国重、敬子の損害はそれぞれ右金五七一万〇、六三五円の二分の一の金二八五万五、三一七円(円未満切捨)となる。

(二)  国重、敬子の慰藉料

<証拠>によれば、原告睦子は気だてのよいしつかりした性格の子で、将来に明るい夢を抱いて仕事に励んでいたのに、これからというわずか一五才の若さで本件事故に遭つて前示のとおり重傷を負い、その後も回復の見込なくその一生をベッドの上で生ける屍としての生活を送らなければならないこととなつたのであり、親である原告国重、同敬子にとつては耐えることのできない苦しみを味わされ、更には、本件事故のため転居、転職し、生活状況も苦しくなり睦子の看護生活に疲れ健康を害するような状態に陥つてしまつたことをそれぞれ肯認し得るので、以上認定の事実関係に徴すれば、睦子の両親たる原告国重、同敬子夫婦は睦子の蒙つた右傷害に因り、睦子が生命を害されたときにも比肩すべき精神上の苦痛を受けたものというに妨げない。

そこで、叙上認定の諸事情を考慮し、他方、右証拠および<他の証拠>によれば事故後訴外恵愛団から睦子の給与相当分のものを含め、見舞金、療養生活に必要な雑用品などの合計金一九一万一、七二〇円の支払ないし支給を受けていること、又前述のような睦子の過失など諸般の事情をも合わせ考えれば、右国重、敬子の精神上の苦痛をいやすための慰藉料額は、各金一五〇万円とするのが相当であり、右認定に反する証拠はない。

三、弁護士費用

<証拠>に弁論の全趣旨を総合すれば、原告敬子、同国重らは本件事故について、人を介して被告病院側と本件事故による損害の賠償について話し合つたが、両者間に合意が成立するに至らず、やむなく、弁護士である原告ら訴訟代理人に本件訴訟の提起、追行を依頼し、右依頼に際しては日本弁護士連合会の定める報酬を支払う契約をしたことが推認されるところ、本件訴訟の経緯、難易の程度、請求額、認容額、双方の責任の割合その他諸般の事情を斟酌し、被告に賠償させるべき弁護士費用としては、全認容額の約一割である各金六五万円が相当であり、その限度で本件事故と相当因果関係に立つ損害ということができる。

結論

以上によれば、原告睦子は金四四一万一、七四六円、原告国重、同敬子は各金五〇〇万五、三一七円の損害賠償請求権を取得したことになるから、被告は原告らに対し、右各金員およびこれらに対する本件事故の日である昭和四三年二月八日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をする義務がある。

よつて、原告らの本訴請求は、右の限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言については同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

なお、仮執行免脱宣言はこれをなさない。(木本楢雄 綱脇和久 加島義正)

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